婚約破棄になったぼくが恋愛工学をはじめた理由
「うん、またね。連絡ちょうだい。」
彼女はそう言ってタクシーに乗り込んだ。
早朝4時の新宿。まだ辺りは薄暗い。
ぼくは寒さに身を縮め、コートのポケットに手を突っ込んだ。
―――今日は上手くいった。
彼女の塩対応っぷりには辟易したが、ミラーリングとバックトラック、
そしてイエスセットのおかげでCフェーズは乗り越えた。
共通の話題から話も広げられたし、初めて聞くネタでも知識を総動員させて盛り上げられた。
「ぼくはどうやら、Cフェーズは得意なんだな。」
手応えを感じ、ひとりごちる。すれ違ったおっさんが怪訝な顔でぼくを見たが、そんなことはどうでもいい程気分が高揚していた。
大の苦手だったSフェーズも、驚くほど決まった。
終電がなくなったぼくと違い、赤髪の彼女は新宿から2駅。どこかに泊まる必然性なんてどこにもなかった。
「俺、一人じゃ寝られない性格でさ。あとホテルって一人じゃ入れないし。」
「もしかして変なこと考えてない?お前相手に、そんな事する訳ないじゃん。」
「あー、眠い。早くベットで横になりたい。」
でもそんな必然性は、こんな適当なセリフでいとも簡単に崩れた。いや、セリフというよりはマインドセットか。
やっぱり、アルファ感って大事だ。
典型的なベータ人間のぼくにとって、アルファに振舞えたのは大きな収穫だった。
そこから先は、本当にメルマガの通りだった。
道端ではイヤイヤ言っていたのに、部屋の中に入った途端、僕たちはお互いを求めあった。
その子なんて彼氏がいるにも関わらず、だ。
「ホントにすげぇな、恋愛工学って。」
ようやく来た始発に乗り込みながら、ぼくはそんな事を思った。
座席に浅く腰掛ける。柔らかい感触。疲れた腰にはちょうど良い硬さだった。
背もたれに身を任せながら、ついさっきまでの出来事に浸っていると、心地よい眠気に襲われてきた。
そして、いつものように、ぼくが決して忘れられない事を、思い出す。
思い出して、しまう。
――――――もう、私たち、別れた方が、いいと思うの。
――――――あなたが、好きだって、言うから、髪の毛……長く、していたのに。
――――――本当は、別れたくなんか、ない。
――――――じゃあ、ね。また………ね。
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=Tawiga=
※画像 著作者:Amateur.Qin(秦) l GATAG|フリー画像・写真素材集 4.0